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面白い話がツイッターで回ってきたので少し。
別に学歴とか都会とか難しいのは良く分からないしどうでもいいし自分次第なんだけれど、
環境は人を育てるということは間違いないので私の育った環境を書いてみようと思う。
あくまでメモであるし、今は怒りも悲しみもないし、同情とかいらないし、
私は十分恵まれたほうだと思うので横槍はいりません。
ttp://luvlife.hatenablog.com/entry/2013/08/07/221155
の記事を元に、
ttp://anond.hatelabo.jp/20130809115823
という記事がRTで回ってきた。
この二つの記事の話は、自分にも大分覚えがある。
(学歴と高学歴という大まかな枠組みに分けるというのも気が引けるけれど、多分これが分かりやすいんだろうなとも思う。)
私は茨城の海沿いで生まれた。
父は農家兼地方公務員一族。
母は旅館の娘で親戚はインフラ系、議員、弁護士、元醬油屋とか。
お見合い結婚。
どちらの親も地主…という話も聞いたことある。(本当かどうかは知らんが)
田舎にありがちな家系だ。
金銭的には恵まれたほうだと思う。
兄は私大に行かせてもらい、国家公務員になった。
私も地元の私大を出させてもらって、今は地元の民間企業で働いている。
なんだよ随分恵まれてんじゃねーかって突っ込み。
まあその通り。
今は仕事帰りに好きなことを習いに行って、
休みの日は買い物に出掛けたり旅行に出掛けたり、結構やりたい放題。
実際人生楽しい。
でも人生が楽しいと思えたのはここ1年だけ。
小学校に上がる頃にはこの田舎の独特の雰囲気と人間関係に既に辟易していた。
田舎の学校に集まる人材とは、色々なものがある。
基本的に意地汚い奴らばっかり。
人のやることなすことにいちゃもんをつけて、あざ笑う。
一方で普通の家庭に育ったまともな子たちは隅っこのほうに固まる。
意地汚い奴らは田舎の世界では強い。
平気で授業妨害や学校の器物を壊しながら、勉強をすることは悪と言いふらす。
まともな子でも意地汚い奴らのグループに入らされたり、
いじめで学校生活からドロップアウトしてしまったり、酷い足の引っ張り合いばかりだった。
先生もこの年の子供たちは怖いもの無しだから手を付けられないのが分かっている。
だから授業をやめて雑談ばかりして悪いことをされてもなあなあにして、媚び始める。
小さい教室の中で、スケープゴートを決めて、
お互いがお互いをいじめたりハブきあったりして、
醜くて汚らしい世界が出来上がっていた。
私も勉強の邪魔をされて勉強は悪だと流されてしまったし、
この環境になじめないのは自分のせいだと自分を責め続けたし、
不登校になってしまった子も見てきた。
先生に相談しても適当に流される。
私はこの世界で社会不適合者になってしまった。
子供に環境は変えられない。
だから大人がどうにかしてやるべきなのだが、そこにも田舎特有の問題がある。
父は地元生まれ地元育ちで地元の公務員なのだから、そういう世界が当たり前なのである。
公立学校は絶対的であり馴染めないほうがダメ。
狭い世界だから、父の知り合いが教頭や校長として在籍している。
父の外面を考えたら、私は何が何でも普通にこの公立学校に通わなくてはいけない。
話をしようとしても、そこは田舎だから、
家族も私も知らず知らずのうちに男尊女卑、
親は絶対の影響を受けている
女で子供の私の話なんか聞いてもらえない。
一度だけどうしても勉強する環境を確保したくて私立中学受験の話をしたが一蹴りされてしまった。
要は、私立に行かれてしまったら,
「父の知り合いが働いている公立に元気に通う娘」を演出できなくなってしまうからだった。
父と母は焦っていたと思う。
二人は私に色々なことを習わせた。
父の職場でやっている英会話、知り合いの紹介のエレクトーン、書道、そろばん、学習塾。
しかし私が続かなかったから演出が出来なかったのである。
当時の私は空手や柔道、野球に興味があったが、
やりたいという一言に対して無数の怒りを浴びせた。
地元で巨人対西部の公式試合が開催された頃、
父と共に連れていかれる兄の後ろで、
「あなたは女だからダメ」と言われた私は家で母と共にTVを見て過ごしていた。
帰ってきて楽しそうに思い出話をする兄を横目で、
父のツテで貰ってきたボールを転がしながら、
私は女に生まれたから当たり前なんだと思っていた。
私が中学校に上がる頃、
私はどこにも馴染めない、「産んだことが間違い」の人間になっていた。
環境がおかしいことに気づき始めたのは大学に上がった頃だった。
私は女性アイドルが好きで、ハロプロやAKBのファンだったけれど、
女が女のファンになるなんて…という言葉に怯えて、誰にも内緒にしていた。
大学はそれなりの人間が集まる場所である。
私が通った大学はいわゆるFランだったけれど、
それでも地元にいるDQNというのは結構ふるい落とされていた。
平気で漫画やアニメを好きだと言って仲間同士で集まる、
女でも化粧やお洋服で着飾ってもいい、
嫌なことがあったらきちんと伝える…
要は好きなことは好き、嫌いなものは嫌いと主張していい。
女も男も関係ない世界だった。
でもそれは同時に私の今まで歩んできたすべてを否定するような世界だったとも思う。
私も家族も正解だと思ってやってきたことは思いっきり間違いだったのだ。
家族や周りの言うようにしてきたのに、今の私には何も残らなかった。
でも仕方ないのである。
環境がそういう環境だったから。
大学にしてようやく私はまともな教育を受けることになったのである。
(教育とは、身だしなみから人の話を聞くことから男女で差別しないことから…色々であります)
でも、家族からしたら私が大学で気づいたことは間違いである。
だってそうだ、
自分の父母から言われたことを信じて育って、
お見合い結婚をして、子供が生まれ、大学まで行かせた。
子供は愚痴一つ言わなくなりまともに育った。
どこに不正解があるか?
話せば分かり合えるなんて世界なんかない。
女や子供が意見に反対するのは絶対ダメだし、
着飾ることもダメ、女は家庭にいるべき、男は絶対女よりも頭が良い。
おじいさんおばあさんが言うことは物知りで本当のこと。くそくらえででたらめだ。
幸運なことに私が就職した会社の環境はとても良く、
社会人になった私は色々な年代の男女から色々なことを学べた。
仕事のやりがいから愚痴から、人間関係から趣味から家族の話から。
私は胸を張って好きなことは好きと伝えられるようになった。
趣味がアイドルって言ってもそんなに非難されない。
野球観戦は気の合う女同士で行く。
美術館巡りとか何それ変な趣味って笑われない。
自分のやりたいことをやればいいらしいから、私は料理を習いはじめた。
何かわからないことがあればネットで調べるようになった。
自分の行ける範囲にお店が無いときはネットショッピングを使って、
面白いものを入手出来るようになった。
世の中はこんなに広くて、自由に生きていい。
なんとか死ぬまでにこの違和感に気づけた私は運が良かった。
気づかなかったら死ぬまで自分が産まれたことを呪っていただろう
。
環境は大人が作るべきだし、子供を絶望させてはいけない。
金を出したから家族の関係性が成り立つものでもない。
男女で差があるのは身体的と極一部の思考回路だけ。
でも、環境が整っていても遺伝というものがある。
母は「私は親から女ということで差別されたから、子供には自由にしてやりたい」
とニコニコ言いながら全く同じことを私にする。
これは環境か、遺伝か?
多分遺伝なんだろうなと思う。
なんとなくだけれど、当たっている気がする。
遺伝だったら…私は汚いままであるし、子供は産めない。
同じことをしたくない。家族を作れる気がしない。
同じことをまた繰り返すのか?やめようよこんなこと。